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2004年7月16日

ジャヤギリ日記 (その12)
「バリに男がやって来た」
わが家の窮状を見かねたのだろうか、久しぶりに泊り客がやって来た。
6月17日にもと警視庁勤務のTさん(60歳)。1ヶ月の滞在予定。24日に、フリーの編集者のFさん(67歳)。Fさんは、我が家に5泊したあとクタの安ホテルに移動。現在はウブドに泊まっているらしい。25日にSご夫妻(50代)。Sさんはスラバヤの日系企業で工場長をしている方。奥様が日本からいらっしゃって、わが家に2泊。
いずれもリピーターで、わが家にとってはありがたいお客様である。私は18.5キロの大マグロを買ってきて、2時間ほどかけてさばいた。今回は、甘イカの刺し身が特に美味だった。
バリに男が やって来た
赤いスペダを こいでたら
突然スコール 降ってきて
ワルンで2時間 雨やどり
日曜日には パサールへ
月曜日に 米をとぎ
火曜の日には めし炊いて
天ぷら揚げて 火傷した
昔は硬い サツなれど
バリの風が 吹き抜けて
いつのまにか 柔になり
終わった国を 捨てようかな
Tさんは勤続40年、定年まで2年を残して、潔く警視庁を去った九州男児である。
一昨年バリにやって来て、バリでの気ままな一年間を過ごしている間に、私と知り合った。いつも赤いママチャリに乗って、混雑するバリの街を飄々と走りぬけていた。デンパサールからヌサドゥアまで2時間半もかけて出かけて行ったこともあるというから、恐れ入る。車でも40分近くかかる距離である。
3ヶ月ほどわが家のアパートの店子になったこともあるTさんは、カラオケやカフェで働いているアパートの若い住民にも人気があったようで、ブロークンなインドネシア語でたわいない会話を楽しんでいたらしい。
自転車でサヌールの街を散歩していたら、「ハーイ、ミスターT、イマカラ、ヤルー?」と女の子に声をかけられたそうで、何をヤルのか私はあえて尋ねなかったが、何か楽しいことであったようだ。
昼下がりになると、Tさんはアパートからわが家まで20分ほどかけてよく遊びに来た。プールで泳いだあと寝転びながら文庫本を読んで、手土産のビールを一緒に飲んで、といった感じで午後のひと時を過ごすのである。
実はTさんのように不意に訪れるお客が、私は好きなのである。ふだんは一日中ヒマだから無意識に変化や刺激を求めているせいかもしれない。
「いま空港に着いたよ。2、3週間泊めてもらう予定だから、ちょっと迎えに来てよ。」などという電話が突然かかってきたら、ものすごくうれしくなってしまうだろうなぁ、と思ったりする。
さて、Tさんの赤いママチャリは、Tさんが日本に帰るときわが家に置いて行ったので、今回もその自転車に乗ってあちこち出かけている。空港に出迎えた時は、ふくよかに太っていて驚いたのだったが、バリ滞在3週間が過ぎた今は、2年前の引き締まった身体に戻りつつあるようだ。バリ島ジャパンクラブの忘年間会でベストドレッサー賞に輝いた、剣道五段の熟年である。バリの風が合うタイプなのだろう。
Tさんは、一年間バリに滞在したあとで、一度日本にもどり、ヨーロッパ諸国を北欧から南欧まで21カ国の旅したという。期間は6ヶ月、費用は約150万円。リュックサックを背負い、ユーレイルパスを使いまくって、バックパッカーに近い旅だったらしい。夜行列車で盗難にあい、いくらか日程を繰り上げて帰国したそうだが、普通の人にはあまり経験できない旅であったことは容易に想像できそうである。
私などは外国に住んでいるので、考えようによってはいつも旅をしているようなものだが、ビザの書き換えのために半年に一度パース(豪州)に行くぐらいが関の山で、そのような話を聞くとうらやましくなる。
とはいえ、他人の家庭の事情というものは良くわからないもので、まだこれから何年か働かなくてはならない、というのが目下Tさんの抱えている悩みのようである。
「終わった国」日本を捨てようかどうか、Tさんの心はまだゆれている。(2004.7.8)
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スペダ・・・・・・自転車
ワルン・・・・・・雑貨屋を兼ねた喫茶店
パサール・・・・・市場
火傷の跡はまだ残っている
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