● ジャヤギリ日記 ●
 
『振り込め詐欺』
 昨日の午後は、ウブド在住のAさんが来て裏庭の東屋で将棋を指していた。

電話が鳴って、女中が受話器を取ったようだった。しばらくすると、女中が切羽詰った声で私を呼んだ。警察からの電話で、妻が事故にあったという。
電話を換わると、ポルダー(州警察)の何とかという男が出て、

『お宅の奥さんと子供が事故に遭った。プルタミナ石油公社のタンクローリーとぶつかって、奥さんは頭蓋骨骨折で意識不明、息子さんも頭に怪我、左腕も骨折。』

当然のことながら、私は唖然としてしばし絶句した。

ポルダーの男の話が続く。

『奥さんの名前は、○○。息子さんの名前は、△△。乗っていた車は、××ですね。』

話が非常に具体的なので、私はいちいちうなずく。

『奥さんと息子さんは、サンラ国立病院1階の救急治療室に運ばれた。今から担当医の携帯番号を言うから、控えてそちらに電話してくれ。』

急いで件の番号に電話すると、医者だと証する男が出て、私の問いに応じて怪我の状態を話した。緊急の手術が必要だといったことも言ってきたようだった。

妻と息子はピアノ教室に通う日だった。二人の面影が脳裏に浮かぶ。もう一緒にテニスもできなくなるかもしれない。(しかし、乗っていった車は、エアバッグ搭載車だ。タンクローリーとぶつかったからといって、頭が割れるだろうか?)かすかな疑問が浮いてくる。

私は医者に言った。

「とにかくすぐにそちらに行く。最善を尽くしてくれ。」

医者は言った。

『ちょっと待ってくれ、こちらに来る前に手術のためのお金が必要だ、用意はできるか。』

このあたりからなんだか話がわかりづらくなってきたので、電話を女中に代わってもらって、私はもう一台の車のキーを探しに寝室に行った。キーが見つからない。(実は妻が持って行ってしまっていた。)

電話のところに戻って、女中がしゃべっているのをそばで聞いていると、『銀行はどこか』とか『ATMがどうのこうの』という話になっているようだった。

私は、一人でつくねんと東屋に座っていたAさんを手招きした。Aさんが来たので、妻の携帯番号を示し、Aさんの携帯から電話をかけてもらった。すぐにつながって、のんびりしたピアノの音が聞こえてきた。「今どこにいるんだ!」それでも私の声は、とんでもない怒鳴り声だったようだ。

まだ話を続けていた女中の受話器をひったくるようにして、私は医者に怒鳴った。

「コノャロー、貴様何者だ!(これだけ日本語)よくも嘘をつきやがったな。お前の名前は何だ!」

相手は突然の変化にびっくりしたらしい。10秒間ぐらいもぐもぐ言っていたが、電話を切った。

夕方になって、妻と息子が無事に帰ってきた。思わず二人を抱きしめた。


女中の話。最初に電話に出たとき、警察からだと称する男に私の妻と息子の名前を聞かれた。彼女はそれに応えたあと、なぜそんなことを聞くのかと相手に尋ねた。相手は、『事故があった。乗っていった車は何か』とさらに尋ねた。このような情報を手に入れた後で、私に電話を換わるように促した。

私とのやり取りの間に、妻の携帯の番号を聞きだした。私はやはり動転していたのだろう、女中に代わってもらって番号を言わせた。(私は番号など覚えていない)

私が医者と称する男と話している間に、別の男(ニセ警察官)が妻の携帯に電話し、『覚せい剤の取調べがあって、あなたには関係がないのだが、30分ほど携帯の電源を切っておいてくれ』と言ったそうだ。妻は話を聞き流し、電源は切らなかった。その後ニセ警察官は、立て続けに5回、妻の携帯に電話をかけてきたそうだ。

Aさんに電話をかけてもらったとき、妻の携帯が話中だったりしたらもう少し事態はまずくなっていた可能性もあった。


その後2局将棋を指し、Aさんが帰った後で、領事館の警察担当Bさんに電話をして、事態のあらましを知らせた。Bさんの話によると、この手の電話は最近非常に増えているという。東南アジア全域に広がってもいるそうだ。まったく日本人もいやな手口を考え出したものだよね。私が子供のころは、詐欺師も体を張っていたものだが。いわく、「体当たり詐欺」。


 近況。1週間ほど前、久しぶりにコブラを殺した。体長90センチぐらいの中物だった。マンゴの木に絡み付いているのを息子が見つけ、私がスコップで叩き落して、退治した。スコップに胴体を押さえつけられたコブラは、「シュー、シュー」と粟立つような声を出していた。次回はあわてずデジカメに収めようと思っている。


4月、BIWA(バリ・インターナショナル・ウーメンズ・アソシエイション)のチャリティー・テニス大会があって、私はシニア〈50歳以上〉のダブルスとミックスダブルスを制した。妻もダブルスで優勝。



ところで、私はシャンプーをするとき、ストレスを感じる。現在使っているシャンプー容器の穴が5ミリぐらいの大きさで、十分に注意しないと溶液がドバッ出てきてしまうからだ。
中学1年生のころ、朝日新聞の天声人語に、ある化粧品会社のことが載っていた。
〈社長が、シャンプーの売り上げを伸ばすためのアイデアを社内募集したところ、容器の穴の直径をを2倍にすればよい、という提案があった。発想が奇抜で、すばらしい。〉と言った内容だったと思う。私がいまだにこの記事のことを覚えているのは、その内容に感心しながらも多少の違和感を覚えたせいだろうと思う。その提案をした人が現在も存命かどうかは知らないが、罪なことを考えたものである。彼(彼女)の提案を取り上げた会社は大きく業績を伸ばしただろうが、それに比例して、確実に環境も悪化させたことは間違いないだろう。

インドネシアのシャンプー会社が、日本のまねをして容器の穴を大きくしたのかどうか知るすべもないが、このような環境を破壊する営業施策は、規制すべきであると思う。

〈シャンプー等容器の穴は、2.5ミリ以下でなければならない。〉という簡単な条文と罰則規定を設ければよい。まあ、社民党ぐらいが議員立法でやればよい仕事だろう。

                      (2008年5月6日 By TORU)

【MAY. 9. 2008】
 
『バリに男が棲んでいた』
バリ日本人会の機関紙「楽園通信」というのがある。広報委員の人から会員自己紹介の文章を書いてくれ、と依頼があったので以下の文を書き送った。

「バリに男が棲んでいた」

バリに住み始めて13年目の半ばを過ぎた。
11歳の息子、18歳と28歳のお手伝いさん。17歳年がちがう妻、81歳の母親、だいぶ髪の毛が白くなってきた私。これが我が家の構成である。他に、ウサギが3羽、鶏が20数羽、さかな数100匹。

庭が広いので毎日忙しい。EM(有用微生物群)を活用して、台所から出る生ごみを醗酵させ、家庭菜園に有機肥料として戻している。菜っ葉やなす、オクラ、パパイヤは、ほぼ自給している。今年の目標は、鳥インフルエンザに抗してアヤム・カンポン(地鶏)の卵を自給することである。

忙しいと言っても、期限に追われる仕事というものはまずないので、将棋やチェスをやりに人が来れば、庭の草むしりなど放り出して対局に熱中する。Y四段とは、5,000をのせて勝負するので、特に気合が入る。

テニスは週4回ほど。日本人のグループの他、「フランボヤン」という地元のグループに入っている。外国人は私だけである。インドネシアでは、アマチュアの大会にも賞金が出る。私の現在までの獲得総額は、200万余り。

バリに来て3年が過ぎた私の母は、最も大切な存在である。我が家の経済は、母の年金で成り立っているからだ。いくぶん痴呆が進んでいるものの、穏やかな毎日を過ごしている。お手伝いにも日本語で話しかけるので、彼女たちもいくぶん日本語が上達したようだ。日本に住んでいたら、たぶん、オレオレ詐欺や火事などに遭って危ない目にあったのではないか。

バリに男が棲んでいた    北のベランダ藤のいす   菜っ葉の種でもまこうかな
寝床で大きく伸びをして   どっかり腰を落としこみ  ガラムのシケモク燻らして
何をしようか考えた     何をしようか考えた    あれこれあれこれ考えて
マグロを買い来て捌こうか  アヤムカンポン絞めようか 今日も一日過ぎて行く

バリに住んでいる日本人であれば誰でも経験することだが、「何のビジネスをしてるの?」とよく聞かれる。「最近PTサンタイ・サンタイを設立したばかりだよ。」とこたえることにしている。 
*「PT」は株式会社、「santai-santai」は、「ゆっくり のんびり」といった意味。


後日談。
書いた文章を校正しようと印刷し、ざっと目を通した後、テーブルの上に放って置いた。次の日の午後、母が北のベランダのいすに座って息子の書いた文章を熱心に読んでいるではないか。
一瞬、うろたえた。が、文章を読み終えたらしい母の表情は、あくまで穏やかである。母の痴呆が進んでいることにいくぶんほっとした。
                      (2008年2月1日 By TORU)
【FEB. 11. 2008】
 
『終戦記念日に考えたこと』
 今日は8月15日、終戦記念日である。
夜のNHKテレビで、憲法9条改正について賛成派と反対派の討論番組が放送されていた。かの小林よしのりもやけに甲高い声で発言していた。

201X年。日本はついに憲法9条を改正して、正式に軍備を持つことを世界に表明した。これにともない一昔前に世界第5位だった軍事力は、アメリカ、ロシアに次いで世界第3位の座を中国と争うまでになっていった。日本は、自前で航空母艦を建造し、略爆撃機の導入をアメリカに打診していた。

201X年。恒久平和を望む民主勢力が議会の多数派を占め、憲法9条の理念を忠実に具現するため、防衛省を廃止し自衛隊を解散する法案を可決した。これにともない日米安全保障条約も廃棄された。主に麻薬や銃器の密輸を防ぐ目的で、海上保安庁だけを残しただけの日本は、丸裸に近い状態になった。自衛官の一部は、新たに編成された災害救助隊に組みこまれ、おりから多発し始めた国内外の災害援助に多忙だった。戦車や戦闘機、各種艦船は解体され、レアメタルを含む膨大な量の金属を産業界に供給した。

 上記のような大まかな未来設定をした上で、仮に第3次世界大戦が起こったと仮定してみる。私の視点はこうである。
どちらが、日本国および日本国民の被害が少なくなるであろうか。

 今まで、このような視点に立った議論がなされたのかどうか知らないが、私の耳や目にはまだ入ってきていない。

 過去をさかのぼれば、仮にあの沖縄戦の前に日本が連合国に降伏していたならば、沖縄の悲惨な状態は当然のことながら回避された訳だし、広島や長崎に原子爆弾が投下されることもなかったであろう。日本国および日本国民は、それこそ膨大な損失をせずに済んだであろう、と思われる。

 未来に目を転じてみる。
202X年12月X日未明。K国が日本を攻撃してきた。

 圧倒的な戦力を有する日本軍は直ちに反撃を開始し、わずか半月でK国侵略軍を撃退した。日本国民の多くは高揚感に酔いしれたが、K国の発射した5発のミサイルのうち1発が都心に着弾し、おりからの北風が大火災を巻き起こした。失われた人命1万7348名、焼失家屋6300棟余。戦死した日本軍454名。

 202X年12月X日未明。突如K国が、丸裸同然の日本に侵略してきた。その目的は日本の卓越した工作機械や、優秀な技術力を持つ人的資源の略奪である。無防備な日本国民の大部分は、なすすべもなく略奪行為を見守っているだけであった。K国の兵士たちは、行きがけの駄賃に豚や牛などの家畜類、何万トンもの穀類も船に満載し嵐のように引き上げていった。
後日の集計によると、連れ去られた日本国民は1539名、死亡者は3123名であった。その多くは、婦女子への暴行を阻止しようとした警察官や、自警団の若者たちであった。

 国連の安全保障理事会は、K国の略奪行為に対し非難声明を発議し、直ちに厳しい経済制裁処置を発動した。民主党が政権を取ったアメリカは、拉致した日本国民および略奪した工作機械や物資を直ちに返還しなければ、K国に対して原爆投下も辞さない旨、声明した……。

 日本国の有する財産や日本国民の生命や財産を守るのが政治家の第一義の職責であるならば、どちらが日本国および日本国民の損害が少なくなるのか、という視点で物事を考えてみるのもひとつの方法ではないだろうか。優秀な頭脳と、優れたコンピュータ設備を持つどこかの研究所に、シュミレーションを試みてもらいたいものである。
(2007.08.15)
【AUG. 19. 2007】
 
『あんた、だれ?』
私どもの手違いで、1月初旬に頂いたTORUさんの原稿の更新がこんなに遅くなってしまいました事を、この場を借りてお詫びいたします。
 
新年明けましておめでとうございます。
 
バリに住み始めてはや12年。大概のことには驚くこともなくなったし、頭に来ることもなくなった。
暮れには、表の庭に出てきたコブラを仕留め、女中に命じて川に捨てさせた。あまり大物ではなかったが、それでも頭を平たくして鎌首を持ち上げ、「シュウ、シュッ」という威嚇の音は、それなりに迫力があった。
新年早々読書灯のランプが切れたので、スーパーマーケットに買いに行った。
店員に「こういう物はあるか?」と尋ねたところ、「ない」という返事が返ってきた。品物を並べてあるショーケースをよくよく見てみると、それらしきものがあったので、店員に取り出させて(こちらからは取り出せないところに置いてある)見ると、まさしく私が探していたランプだった。「おまえ、あったじゃねーか、少しはまじめに仕事をするんだな」と、軽く注意してやった。
インドネシアのスーパーで働いている店員は、賃金が低いせいもあるのだろうが、まったくのデレ助ぞろいといってよい。買い求めたい品物を店員に聞いても、結局は自分の目で確かめないと、その品物の存在の有無は、わからないのである。


今日、午後のテニスから帰ってきて、一風呂浴びてタバコを一服しようとしたまさにそのとき、電話がかかってきた。近くに誰もいなかったので、受話器を上げて、「ハロー」と言った。返事がない。もう一度「ハロー」と言ったら、「XX(私のかみさん)は、いるか?」と聞いてきた。あんがい若い女の声である。「出かけている」と答えたら、「siapa ini?(あんた、だれ?)」とその女は聞いてきた。ここに来て私は、ついに切れた!

「そう言うおまえこそ、誰だ!」

「おのれ、名を、名を名乗れ」

と、語気も鋭く怒鳴ってやった。電話がかかってきて、いきなり「あんた、だれ?」と聞かれて、平常心を保てる人がいたら、尊敬に値する人である。私は電話嫌いなので、特にそう思う。
ところで、その女性は、悪びれず名を名乗ったのである。なんとその女性は、
XXの母親(私にとっては姑)だったのである。
「あんがい若い声だったので、義母だとはしらなんだ、よく謝っておいてくれ」
と頼んだのであった。妻は笑って了解してくれた。     
(2007.01.08)
【FEB. 22. 2007】